伎楽、舞楽面 中坊竜堂作品紹介

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伎楽面

力士

伎楽面 力士(りきし)

東大寺の大仏開眼供養会でアジアの様々な芸能とともに、大規模に上述の仮面劇が上演されました。当時使われた伎楽面は今も正倉院に「宝物」として 現存します。本面は正倉院所蔵面のうち、悪者をこらしめる役柄の「力士」です。

酔胡王

伎楽面 酔胡王(すいこおう)

大仏開眼会(かいげんえ)をはじめ、奈良時代の寺院の法要でしばしば伎楽などの楽舞が上演されました。 本面は伎楽の最後に酒に酔った胡人の一群を率いる王の役がつけたもの。 宝庫には酔胡王と推定される面が7面伝わっており、本品はもっとも迫力ある造形を見せています。

崑崙

伎楽面 崑崙(こんろん)

崑崙は美しい呉女に恋をするが、力士によって散々に打ちのめされるという筋書きに登場します。崑崙の身の程を知らない大真面目な恋 が滑稽に描かれます。喜劇性を強めるために、目を丸く大きく見開き、口から牙をだし、獣形の耳を持つ独特の仮面となっています。

呉公

伎楽面 呉公(ごこう) 

呉公は呉女(優美な女性の意味)に対応する名称であり、その相好も男性的な威厳を持つものです。

迦楼羅

伎楽面 迦樓羅(かるら)

迦樓羅はヒンドゥー教の神鳥「ガルーダ」のことで、後に仏教に取り込まれ、仏法守護の神となりました。 口から金の火を吹き、赤い翼を広げると広大な大きさになるとされます。伎楽面で唯一の鳥を表したものです。 一般的には、鳥頭人身の二臂と四臂があり、龍や蛇を踏みつけている姿の像容で、篳篥や横笛を吹く姿もあります。 仏教において、毒蛇は雨風を起こす悪龍とされ、煩悩の象徴といわれる為、龍(毒蛇)を常食としている迦楼羅天は、 毒蛇から人を守り、龍蛇を喰らうように衆生の煩悩(三毒)を喰らう霊鳥として信仰されています。 不動明王背後の炎は迦楼羅天の吐く炎、または迦楼羅天そのものの姿であるとされ「迦楼羅焔」(かるらえん)と呼ばれます。

太孤父

伎楽面 太孤父(たいこふ)

太孤夫とは身寄りの少ないあわれな老人と訳されます。西大寺や正倉院などに伝わる太孤夫は 今では眉、口、顎などのひげが痕跡だけを残してすっかり脱落してしまっていますが、資料によると、仮面と共に白馬の髪があったと 書かれていることから、白髪の老翁であったことがわかります。なお東大寺や正倉院の太孤夫と見られる面は、ひげを植え、頭に 三角状にとがった帽子をかぶるものがあり、これが特徴となっています。

舞楽面

蘭陵王

舞楽面 蘭陵王(らんりょうおう)

昔、中国の北斎に「蘭陵王長恭」という王が在りましたが、彼は武勇の人で有るばかりか、あまりにも容姿が美しかったため、 戦いに出陣するときはわざと怪異な相の面をかぶって、戦いに臨み勝利したというという話をもとに創られた舞いです。 面は相手を威嚇するべく獰猛ですが威厳に満ちた表情をあらわした金色の面で、頭上に龍を飾、る舞楽面中、最も華やかなものです。 男性がこの舞を舞うときは伝説に則して竜頭を模した仮面を用いますが、女性や子供が舞う場合は優しい顔立ちであった高長恭になぞらえてか、 化粧を施しただけの素顔で舞うこともあります。

還城楽

舞楽面 還城楽(げんじょうらく)

別の名前を見蛇楽(けんじゃらく)とも言います。 胡人の扮装に朱の仮面をつけ、桴(ばち)を持ち、作り物の蛇を捕えて舞います。 西域の人が大好物の蛇見つけた時の喜びの舞いに由来するとも、中国の玄宗皇帝が戦いを制して都に帰還した喜びの舞いが混同されたものだといわれます。 還城楽の面は朱漆塗りで、額に筋肉が隆々と盛り上がり、眉は突き出し、頬に深いしわを刻んだ恐ろしい形相です。 顎は吊顎とするなど、舞楽面の中ではもっとも複雑な構造です。

抜頭

舞楽面 抜頭(ばとう)

髪頭、鉢頭、撥頭とも書きます。赤ら顔で額が秀でて、眉をつり上げて目をむき、大きなかぎ鼻で、顎は細く引き締まっています。 頭髪に毛を使わず、太くよった紐を植えています。起源についてはいくつか説がありますが、 猛獣に父を殺された胡人(こじん)の子が、山野にその猛獣をさがし求め、ついに親の仇を討ち、歓喜する姿とも、嘆き悲しむ姿ともいわれています。

崑崙八仙

舞楽面 崑崙八仙(ころばせ、こんろんはっせん)

八仙、あるいは鶴舞といいます。緑色、鳥形の面でとがった嘴に金色の鈴を下げています。 鈴の音は、鶴の鳴き声をあらわしていると言われています。 昔、崑崙山の八仙が帝の徳を慕い来朝し、この曲を舞ったと言われています。 八仙とは八羽の千禽のことで、つまり鶴をあらわします。四人が手をとり輪になって舞う姿はいかにも鶴の優雅な舞いです。 伎楽で演じられる迦楼羅舞も鳥形の面を付けて舞いますが、おそらく関連があると言われています。

地久

舞楽面 地久(ちきゅう) 奈良春日大社 縦21.3cm 横16.0cm

地久面は地久舞を舞う時に用いられました。地久舞の起源は不明ですが、応和三年(963)の雲林院塔供養で演じられた曲目中に見るのが最も古いものです。 地久面は現存する作例も多く、四十近く残されています。面は鼻が高く眉間に三筋の瘤状の隆起をを刻み出すが、目尻を下げ、下唇を開いて、 満面に笑を浮かべたような朗らかな感じのお面です。いかにも「天長地久」を言寿ぐめでたい曲にふさわしいものです。 春日大社の一面はきわめて洗練された表現を見せたもので、地久面の典型に数えられます。

行道面

天狗面

行道面 天狗(てんぐ)

天狗(てんぐ)は、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。 一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされます。俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいいます。 神として信仰の対象となる程の大天狗には名が付いており、愛宕山の「太郎坊」、鞍馬山の「僧正坊」(鞍馬天狗)、比良山の「次郎坊」の他、 比叡山の「法性坊」、英彦山の「豊前坊」、筑波山の「法印坊」、大山の「伯耆坊」、葛城山の「高間坊」、高雄山の「内供坊」、 富士山の「太郎坊」、白峰山の「相模坊」、等が知られています。 

持国天

行道面 持国天(じこくてん)

持国天(じこくてん)、梵名ドゥリタラーシュトラ。『国を支える者』、提頭頼咤)とは仏教における天部の仏神。 持国天は四天王の一体、東方を護る守護神として造像される場合が多く、仏堂内部では本尊の向かって右手前に安置されるのが原則です。

狂言面

大黒天

狂言面 大黒天(だいこくてん)

大黒は古代インドでは戦闘神でしたが、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ大黒天へと変遷していきました。 “マハー”とは大(もしくは偉大なる)、“カーラ”とは時あるいは黒(暗黒)を意味するので大黒天と名づけられました。 密教の伝来とともに、日本にも伝わりました。日本で大黒天といえば一般的には神田明神の大黒天(大国天)像に代表されるように神道の大国主と神仏習合し、 右手に打出の小槌、左手に大きな袋を肩にかけて持ちます。七福神のひとつとなり、その御利益はえびす様と双璧をなします。

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